誕生日の特権
はじめに釈明すると、私は誕生日ではない。誰か周りの人間が誕生日だったわけではない。
テーブルの端の席、誕生日席についてだ。
祝われる人間が注目を集めやすい位置。短辺の、正規ではない臨時の椅子を置かれて座る席。
誕生日席が、正当な使われ方をしているのを久しく見ていない。割り当てる席がないときの、言い訳的な使われ方が多いのではないだろうか。
ほら、お誕生日席だよ(笑)、と。末席も末席として哀れみの目で見られることもあるだろう。
食卓を囲む人数が多ければ憐れまれないで済む方の余地はあるだろうが、今は核家族、少子化の時代。
テーブルの長辺で事足りる場合が多い。テーブルを囲むというより、並ぶといったほうが近いかもしれない。
場の主役、中心に強制的になる、というのがこのお誕生日席システムだとすると、徐々にその機能の洗礼を受けた人間は少なくなる。
大人になるにつれて場を回さなくてはいけない機会も増えよう。そこに、揉まれていない人間はどうやって太刀打ちできるだろうか。
誕生日には、皆、誕生日席に座って修行をしよう。
かの席に座る勇者に、ハッピーバースデー!